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2009年12月 アーカイブ

2009年12月07日

「複雑な気持ちの2009年K-1グランプリ決勝トーナメントでのテシェイラの一撃KO負け」と「日本武道精神の重要性」

12月5日(土)中国大連の日本料理店のテレビで中国人の弟子たちとともに今年のK-1の決勝トーナメントを見ていました。
アリスター・オーフレイムとの初戦について、私の予想ではテイシェイラが勝てるとは思えませんでした。
パワー・リーチ・勢いの3つともにオーフレームが上回っていると見たからです。
中国人の弟子たちに今回は特に危ないと言っておきました。
しかしその反面、やはり最大派閥の極真会館松井派のチャンピオンのK-1挑戦ですから、極真の一員として勝ってもらいたいと思うのは私だけではないでしょう。
無様(ぶざま)に負ければ派閥にかかわらず極真全体の評判ががた落ちになるのですから。
複雑な気持ちと言うのはこのことです。

確かに力・スピード・スタミナの基礎体力もあり(当たり前ですね、一派閥の松井派の世界チャンピオンとはいえ、一応極真の最大派閥の無差別級世界チャンピオンですから)、極真の中ではK-1の顔面攻防に誰よりも適応し、経験も積み、慣れてきているテイシェイラです、相当に強いことは間違いありません。
試合開始早々の回し蹴りで体重110キロ体脂肪率9%というアリスター選手をぐらつかせていることもテイシェイラの地力の強さを感じさせました。

ただ顔面攻防の約束組手の量はこなしているようですが、先輩のフランシスコ・フィリオ同様に、どうも根本的に自分よりもリーチの長い敵とも戦えるような顔面攻防の基礎となる基本動作と移動動作ができていないし指導されていないと言ったら言いすぎでしょうか?
技術的には私が予想したパンチではなく、反則すれすれの、パワフルな膝蹴りでの完全な一撃失神KO負けでしたから、今回は運にも見放されていたようです。
私の予想をはるかに上回る大惨敗でした。
私もそれを目の当たりにして予想以上にショックを受けました。

今回のK-1グランプリ決勝戦はアリスターの筋力とバダ・ハリの勢いの戦い、そこに前回バダ・ハリにKO負けしたセームシュルトの激突です。
このパターンは私にとって、いつかどこかで見たような過去の出来事、デジャブ(既視感)でした。
筋力お化けのアリスターはスピードのバダ・ハリにKOされ、バダ・ハリは私の予想通り、前回勝ったために今回セーム・シュルトに破れて、シュルトにK-1王者をまたしても許してしまった。
私の弟子であった増田師範が第22回全日本で緑師範を破って優勝したため、逆に翌年の第5世界大会で緑師範に警戒され、世界大会決勝を体重判定で敗れてしまったことと重なってしまいました。

しかし一撃プラザ?を作って二人の極真空手無差別級チャンピオンをK-1で二人とも一撃で倒されるとは何という皮肉でしょうか?
私にとっても、予想していたとはいえ、フランシシコ・フィリオの敗北以来のショックでした。
負け方がフィリオの時と同様に完全な失神KO負けだったからです。
派閥を超えて極真の人間ならやはりテイシェイラのこんな負け方は誰も見たくないはずです。

ここで言っておきたいことは、勝負は紙一重ですから、逆に組織のトップの姿勢も勝敗に影響するということです。
これは他派閥の活動に対する推測ですから遠慮もありますが、今回はハッキリ言っていいと思います。
一体何をやってるんだ、いいかげんにしろと。

残念ながら、故大山総裁と異なり今のトップが日本武道の真の価値を知らないし信じていないのではないか?極真武道空手にすでに興味がないのではないか?という疑念を強く感じます。
百人組手を達成し、世界チャンピオン含めて全日本3連覇し、もうこの世界ではすべてを成し遂げたと勘違いしているのでしょうか。
日本と日本人にそして世界の歴史に次々と奇跡をもたらしている日本武道の精神性とその価値を本当に知っているのでしょうか?

人から聞いた話で恐縮ですが、自派の全日本大会もほとんど見ていないということです。
だから現場の選手が強くならない、その派閥の強さの頂点であり象徴である無差別級世界チャンピオンが紙一重の勝負で2度もこのように一撃失神KO負けで無様(ぶざま)に負けるのです。
地上最強の武道カラテをめざした故大山総裁の面目を完全に丸つぶれにしたのです、1度ならず2度までも。

カン違いしないでください、私は松井派時代からK-1その他に挑戦するのが悪いとは言っていません。
組織としての挑戦そのものの是非は別として、個人的にはプロ志向の極真の有志が他流試合やプロに挑戦することには大いに賛成です。
挑戦すれば、勝つこともあれば負けることもあります。
ただしいくら組織としての挑戦ではなく個人としての挑戦とは言っても、戦うのは組織としての極真の強さの象徴である無差別級世界チャンピオンです。
勝つ準備をトップ自らが率先指揮して、心血を注ぎ、組織を挙げての総力体制を作って挑戦すべきなのです。
K-1 打倒準備委員会や総合格闘技攻略準備委員会などを作って、その上でトップが陣頭に立っての総力戦とすべきなのです。
それくらいの覚悟でなければ、極真の強さの象徴である無差別級世界チャンピオンをK-1に挑戦させるべきではないでしょう。

ただしそれ以前に故大山総裁の遺言実現準備委員会を作り、遺言を実現することが先なのですが。
そのために松井派時代、中央集権的な年会費制度などは遺言の実現も含めて組織にとって必要不可欠であると思い松井氏に賛同し、他の後輩支部長たちに協力すべきであるとすすめてきたのです。

だからこそ何億円にもなる年会費は公の金、税金と同じだから自分の会社に入れて使途を隠してはならないとも進言してきたのです。
残念ながら無駄でしたが。

現在松井派は世界大会では日本代表選手は全く外国勢に勝てない、K-1では二人の無差別級世界チャンピオンが一撃失神KO負けの惨敗、青少年大会では極真以外の団体が大同団結したJKJO統一全日本青少年大会よりレベルがずっと下、へたをすると全日本は新極真のレベルの方が高いかもしれないという体たらくです。
故大山総裁の最も大きい遺産を受けついでこの結果が今の松井派の現状なのです。
ため息が出てきます。

故大山総裁が選んだ後継者ですから、山田師範のように「松井で極真がだめになるなら仕方がない。松井がやってダメになるなら誰がやってもダメだろう。俺は松井にかける。松井に余計なアドバイスはしない。アドバイスも何か聞かれたときだけする。」という考えも見識としてはひとつの見識です。
ただしそれは独裁者容認・育成の考え方です。
独裁者とは所詮誰も信じない、孤独な決定者ですから、恐れられ、スタッフの本音や知恵が集まらず最終的にほとんどがダメな独裁者になります。
否ほとんどでなく例外なく全員ダメでしょう。
なぜなら「入ってくるすべての情報が独裁者の顔色を伺ったバイアス(偏向)情報になってしまう。」からです。
間違った偏向情報しか入らないのに、正しい判断ができるわけがない、判断を間違わないわけがないのです。
論理的に当然でしょう、必ず破綻するのです、どこかの国の独裁者のように国民を長年不幸にして。
日本のことわざではこれを「一将功なって万骨枯る」と言います。
(そうならないように耳の痛いことを進言してきたのですが、あろうことか私の私利私欲と勘違いされたようです。私利私欲なら何も言わずに黙っていればその方が利口であるし、得でしょう。)

ゆえに山田氏の意見には必ずしも賛同はできません(だから私は松井氏に耳の痛いことを最後の4年間一人で言い続け、結局無駄だと判断し、松井氏ならびに松井派に見切りを付け、松井派を辞めたのです)が、山田氏の見識そのものは彼の選択ですから、私がどうこう言える筋合いのものではありません。
ゆえに私は松井派を辞めるときも友人として山田氏のことは何も言いませんでした。

郷田師範も山田氏と同じような信念を故大山総裁の時代から持っていましたから、辞める前の日に辞めるとは言わず、騙して巣鴨のキタハチで一緒に飲んでいただきました(騙したので後で、総裁の奥様の御葬儀のときに郷田師範には「この馬鹿野郎!」と思いっきり叱られましたが)。郷田師範の性格だと辞めると正直に言えば一緒に飲んでもらえないと考えたからです。<とにかくすいませんでした、郷田師範。>

ただ私も妥協できることならしたかった。
私もトップの苦労を知らないわけではなかったからです。
トップの苦労はナンバー2とは異なり全責任を負わされていますから、並大抵の苦労ではないのです。
私も20年間、年商35億円の会社の創業社長でしたからそのつらさは理解しているつもりです。
それに事を荒立てて得なことなどひとつもない、弱小派閥を作ってもいいことなどないことは松井派を辞める以前から十分に知っていましたから。
しかし「故大山総裁の遺言の無視」と「極真の私物化」この2つだけはどうしても妥協できなかったのです。
生まれ変わっても同じことをまたやるでしょう。

でもやはり世間は厳しいですね。
いくら隠していても組織のトップの姿勢が必ず現場で表に出てしまうのです。
隠しとおすことはできません。
武道そのものに興味がなくなっているために、一撃プラザ?を作ったトップの現場でフィリオやテイシェイラが一撃でKOされるという至極当たり前の結果が出ただけなのです。

トップの姿勢が変わらない限り、今のままではこれからも続くでしょうね、こんな結果が。
もちろん勝つまで挑戦し続け、一度でもK-1チャンピオンに輝けば名誉挽回はできるはずとでも考えているのでしょうが、今現在の極真の世界チャンピオンの価値はフィリオ以来再びどん底・奈落の底に落ちてしまっています。

闇のフィクサーになっての金儲けも、ある種の男の甲斐性でしょうが、日本の武道精神を伝える武道組織のトップこそが本当にすばらしい仕事なのです。
ましてや極真の二代目であり、故大山倍達総裁の後継者なのです。
本当の意味で人を喜ばさない自分の金儲けだけが目的の闇のフィクサーの価値評価や行く末はそれなりのものでしかありません。(同じ金儲けでも汗を流して多くの人を喜ばし幸福にする仕事なら言うまでもなく大いなる事業価値があり尊敬されるに値するのですが。)
すでに香港に逃亡していた会計士が韓国で逮捕されたとのことです。
2人目の逮捕者ですね。
しかも今度は、ある疑惑において本当のキーマンと推察される人物です。
次は何が起こるでのしょうか?

極真の強さという名誉を2度も大きく傷つけ、今度はまさか極真の社会的信用を壊滅・破滅させることはないでしょうね?
普通の一般人は極真の分裂など知りません、まだ極真がひとつと思っているのですから。
そうなれば我々他派閥も一緒くたに同じ極真として大きなダメージを受けるでしょう。

組織のトップの姿勢が変われば、必ず現場も変わるのです、社会的にはすでに遅きに失しているかもしれませんが。
それに彼には変わるべき義務があるのです、ただ一人故大山総裁の指名した後継者なのですから。

戦いの中でも「和による共存・共栄・共生を生み出す日本の武道精神」が世界の未来を救う力を持っていることがわかっていないのではないでしょうか?
情けないことに、長年日本武道に関わっているにもかかわらず、日本武道の価値を建前(たてまえ)でしか語れない、見れないように見えます。

否、ひょっとすると闇のフィクサー稼業ほど大金にならない日本武道の価値、極真武道空手の価値など認めていないのではないでしょうか?
さらには単なる格闘技・武術と日本武道の違いがわかっていないのではないでしょうか?

何がどう違うのか、ここで一言では説明できませんが、これだけは言えます。
「和の思想」のない日本以外の他国では格闘技・武術は「武道という人の道」には決してなり得ないからです。
あるように見えてもそれは日本武道のマネでしかないのです。
なぜなら日本独特の「和の思想」がなければ、殺人(武)術は永遠に殺人(武)術のままであり「人の道であり人を活かす活人道たる武道」には絶対に転換できないからなのです。

断言しておきますが、日本武道とその精神そして極真の精神は、21世紀の今後ますます世界平和にとって重要な役割をもってくるのです。
「当の極真自体、組織が分裂し争っているではないか?極真精神が世界平和の鍵となるなどおこがましいのではないか?」などと勘違いしてはならないのです。
結論から言うならば故大山総裁の極真武道精神をまだその弟子たちが本当に理解しえていない、日本武道精神の本当の意味がわかっていない、つまりサムライではないからなのです。
組織の分裂はともかく、全日本大会ひとつオープントーナメントの統一大会が開けないのがその証拠なのです。
馬鹿じゃない限り、武道の原点に帰って考えればすぐわかります。
もともと自分や自分の家族や仲間を殺しにくる敵とさえ「共存・共栄・共生」、「和による棲み分け」を求めてきたのが日本武道の歴史であり、日本武道とサムライの本質であり世界最高峰の精神性なのです。

私も人事(ひとごと)ではなく、気をつけなければいけない、武道家として自覚を持たねばならないと思っています。
「人のふり見てわがふり直せ。」と。
仮にも極真の2代目となった松井氏ほど私の責任は重くはありませんが、松井派の将来よりも、弱小派閥の浜井派の方が、ずっと、ずっと危ういのですから。
ただ日本の武道家としての自覚に派閥の大小は関係ないのです。
日本の武道家・社会人として恥ずかしいことだけはしないように心がけて行きたいと決意しています。 押忍

2009年12月20日

2009年12月13日中国大連冬季審査会

12月13日(日)中国大連で冬季審査会が実施されました。
前回に続いて100名を超える多くの道場生が受審しました。
一般部の茶帯もこれで10名を超え、少年部の茶帯も何人か生まれました。
顔面有りの黒帯研究会も週1回とはいえ実施されています。
大連道場開設から2年、私の理想とする「極真新理論」(東邦出版)による極真空手の稽古体系を実験・実践できています。
あと1年前後、来年の今頃つまり2010年の冬には一般部の黒帯が何人か誕生しているはずです。
まだまだ基礎体力は十分ではありませんが、技術的には極真ルールでも顔面有りでも対応できる理想の極真の黒帯が誕生すると期待しています。
そして彼らが将来の中国の極真空手の普及の要(かなめ)となる人材となってくれることを祈っています。
そのためには技術ばかりでなく精神的にも日本武道の本質を言葉と論理で明確に伝えていきたいと決意しています。
極真武道空手は単なる強いだけの武術ではないのであり、人類史上において最高度に精神性の高い日本武道なのであると。   押忍

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